トレーニングコーチ瀧本銀次朗公式ブログ

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備忘録

日本人であることの価値は「義理」で決まると思う

「義理」という言葉がありますが、日本ほど義理を大切にする民族はいません。

これは昔から、海外から日本に来た人々にも賞賛されている部分であって、「義理」というのは日本人特有の価値観といえるかもしれません。

これまでの歴史のなかでも、今なお名を残す人物のほとんどは、勝った側も負けた側も君主への義理を果たしてきた人ばかりです。

損得勘定で決断せず、義理を守る。

自分の仕える、慕う人物を決して裏切るようなことをしないことが美徳とされてきた日本で、これから先も大切にしたい概念なのではないでしょうか。

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義理深さから得られる価値はいくらつぎ込んでも買うことはできない

後世に名前を残す人たちは、必ずしも「成功者」「お金持ち」ではありません。

僕がいま人生の師として勝手に慕う勝海舟氏も例外ではなく、生まれてから亡くなるまで、家庭環境は決して裕福ではありませんでした。

ただ、成功は必ずしもお金の量でははかりきれないのです。

義理を貫き通すことで、自分や家族、周囲のひととの関係は、悪くなることは決してありません。

義理によって得た信頼関係は、それ以外の方法でつくられることもありません。

まさに「お金では買えない価値」を手に入れられる方法なんです。

不利だとわかっていても義理を選んだ武将の話

義理を貫き通すことは、損得の選択では語れません。

どうありたいか、どう見られたいかという、一種の名誉心がかきたてられて初めて成り立つものです。

 

裏切りの連続が当たり前の戦国時代にも、義理の大切さを語る武将がいました。

それが、北条氏綱です。

氏綱は、まだ若かった氏康にむけて、死の直前に氏康に対して5か条の訓戒状を伝えています。

 

そのなかのひとつが、「義を専らに守るべし」という家訓です。

「大将から侍にいたるまで、義を大事にすること。たとえ義に違い、国を切り取ることができても、後世の恥辱を受けるであろう。」

この父の残した家訓を守り、他の戦国武将たちのような不義理を決して冒しませんでした。

 

当時氏康は、今川義元、武田信玄との同盟を結んでいましたが、今川義元が桶狭間の戦いで討ち取られてしまうと、武田氏が今川氏を裏切り攻め始めてしまいます。

そのとき氏康はどうしたかといえば、父親の教えを守り、今川氏に加勢したのです。

 

当主を失った今川氏につくことのメリットなんて普通に考えてありません。

ただ、氏康は、父氏綱の「義理を守れ」という教えに従う決断をします。

 

不義理を冒してまで勝利を勝ち取っても、後世には「あいつは裏切りものだ」と、後々語り継がれることが目に見えている。

そんな恥を冒してまで、勝ちを求めてはいけない。

 

損得よりも家系の名誉を重視する父の教えを、氏康は生涯守り続けます。

結果的には劣勢となり、戦いの最中に病死してしまうものの、氏康の没後、対立関係となった武田氏とも北条家は同盟を結び直すまでに至っています。

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お世話になったひとへの義理を大切にできているか?

生き死にの勝負に出くわすことはなくても、現在でも仕事やプライベートでお世話になった人への義理を大切にすることの重要性は変わりません。

 

よく、自分自身を成長させるためには環境や付き合う人を変えることが重要だといわれます。

そのきっかけとなった人たちに対しての義理を守れず、目の前の成功にばかり気をとられていると、「あいつは変わった」「恩を仇で返された気分だ」と言われてしまうのです。

 

僕もこれまでの29年間、人生の節目には必ず誰かしらのお世話になってきました。

ことあるごとに連絡を取っている人

たまにあちらから連絡をくれる人

ほぼ音信不通になってしまっている人…

「義理が大切」といいつつも、僕自信もまだまだな部分が多いです。

 

正直、恩を仇で返すような真似もしてきたし、恩を返せているか、そういう気持ちが相手に伝わっているかといえば自信もまだありません。

 

ただ、お世話になってきた人の身に何かあれば、僕はきちんと義理を果たしたい。

ビジネスライクな価値観だけで動かないことが、日本人の良さだと僕は思うんです。


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