トレーニングを通して「自分らしさ」を磨くライフスタイルブログ

ぼくら20〜30代にとっての「金を払ってでも入会したい」価値あるジムについて考えてみた

2018/10/17
 
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フィットネスクラブには「〜歳以下は不可」という年齢制限こそあるが、年齢の上限はない。

ということは、未成年は入会できないジムだとしても20歳〜80代以上の人たちが、限られた空間の中で一緒にトレーニングをすることになる。

孫の世代までの幅広い年齢層が、同じ空間で時間を共にする。

これは一見、とても画期的なことに感じる。

ただ、以前のような大規模な総合型フィットネスクラブから、現代は小規模なマシンジムが増え、コンビニや整骨院のようにジムが所狭しと乱立し始めている。

いままでは「家から近いから」という利便性で選んでくれていた人たちも、同じような距離に同じようなものができれば、そちらに行ってしまうだろう。

ジムにも、より明確な差別化が必要だ。

とくにぼくは、世代間の差別化の重要性を感じている。

「どの世代にとって、最も居心地の良い空間を演出するか?」を決められていなければ、ジムとしての魅力は半減し、価値はなくなってしまうのではないだろうか。

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ジムの運営も、すべての世代を満足させることはできない

差別化やターゲットの絞り込みをしようとすると、「より多くの人に選ばれる術を考えることが重要だ」という指摘を受けることもある。

でも、ちょっと待ってほしい。

「より多くの人」とは、一体どういう人のことだろうか?

「より多くの世代」=より多くの人なのだろうか?

 

差別化、絞り込みをして、その人たちに突き刺さるコンセプトのもとで行えば、そのコンセプトに賛同する「より多くの人」が集まるのではないだろうか?

 

最も簡単なのは、世代間での絞り込みだ。

いろんな価値観の人がいるとはいえ、同じ時代に生まれ、同じ時代に育ってきた同世代の価値観は似たり寄ったりだ。

ぼくはちょうど「ゆとり世代」と世間から揶揄されてきた世代だが、ゆとり世代の言い分が痛いほどよくわかる。

「ゆとり世代」という言葉をつかって批判してくる他世代への怒りもある。その怒りを原動力にこうしてバリバリ働けているのだから、感謝しなくてはならないとも思っているが。

 

同世代の好むコンセプトのもと、システムをつくり、発信を続け、同世代でのコミュニティを形成していく。

これがぼくの理想のジム運営だ。

そんなジムをつくるにはどうしたらいいのか?考えつくままに書きなぐってみる。

20〜30代の若者は、「自分にも、相手にも手間を取らせない手軽さ」を求めている

ぼくたちは、「自分の時間を過ごすこと」をとても重要視している。

だれにも妨害されない、自分だけの時間、空間。

それをいかに多く獲得し、その質を高めていくことがぼくらの生きがいのひとつだ。

そのためには、もちろんだれにも邪魔されたくないし、同時にだれの邪魔もしたくない。

自分自身が手間と感じることをなるべく排除したい。

ただそれが、他の誰かの手間となっていることも嫌だ。

システムやテクノロジーによって、手間を省くことを好んでいるのが、ぼくらの世代だ。

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ぼくらの心の距離は、物理的な距離とは関係ない

自分の家の隣の人と仲良くなくてもいい。

ネットで知り合った、何百キロも離れたところに住んでいる人とネット上でコミュニケーションを取れればそれで満足だ。

だから、ジムの中にいる人がどんな人間で、どんな性格で、どこに住んでいようと関係ない。

たとえ同じマンションに住んでいたとしても、気づきさえしないだろう。

それを「寂しい」「自ら孤立化している」「コミュニケーション能力に乏しい」と批判する声もあるが、決してそうではない。

 

いままではコミュニケーションをとる手段が限られていて、対面で喋ることが得意な人だけが有利だった。ただそれだけのことだ。

今はSNSでのコミュニケーションは普通だし、そこで初めて知り合うという人がいるのも常識だ。

コミュニケーションの手段が多様化してきた現代で、お互いの物理的な距離感なんてなんの影響もない。

 

限られた手段でしかコミュニケーションを取れない人を、ぼくらの世代は相手にしない。

自分の得意な手段と違っていればなおさらだ。

売り手も買い手も対等の立場というのが、ぼくらの常識だ

「お客様は神様」という言葉は、ぼくらの世代ではあり得ない。

納得いかないなら買わなければいい。

お金を払ったからといって、何を言ってもいいというわけじゃない。

ぼくらの世代は、だれをお客にするのかもしっかり考えている。

気持ち良くこちらも売りたいし、気持ち良く買ってもらいたいからだ。

押売りなんて気が狂ってもしない。

納得いく人だけが、欲しいと思った人だけが買えばいい。

買ってからあれこれいうのは、消費者として無責任だ。

後悔したくないなら、しっかりと吟味すべきだし、それが手間なら買ってから文句を言うのはずるい。

 

ぼくらは、消費のためにお金を使わない。

自己投資のために、お金を使う。

投資は買って終わりではない。そこからの自分の決断と行動が、その価値を上げも下げもする。

ぼくらは、何かをしてもらうため、何かを与えてもらうために買うんじゃない。

ぼくらは、何かを自分の力で手に入れるためにお金を使う。

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ぼくら同世代にとっての「金を払ってでも入会したい」価値あるジムとは?

  • トレーニング以外なにもすることがないくらいのシンプルな環境
  • それぞれが干渉することなく運動に励める空気感
  • オンライン上でのコミュニティ参加が可能

まだまだやること、やれることは山ほどある。

「ここしかない!」というジムをつくってみせる。行動あるのみ。

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